テーマを絞った文京区 粗大ゴミ
工場は組合の巣であり、Sスピリッツニーの代表者としてI氏ひとりが来賓を前に挨拶している。
「Sは戦後に生まれ、日本の復興とともに歩んできた会社です。
我々会社にいるすべての者が一体となって今日までやってまいりました。
(中略)しかるに本日のストライキです。
本日お見えになる皆さまを目当てに、外部の団体より相当大きな圧力がかかっているわけです。
私共の小さい労働問題のためにこうした大きな力が動いているということは、とりもなおさず、日本におけるこういった問題の大きな縮図を見せられているような気がします。
」(「S自叙伝」)I氏の無念が惨み出ている言葉であるが、I氏はこのときの騒ぎを「外部の団体より相当大きな圧力がかかっている」ためと考えていた。
しかし実態は違う。
ストの最大パワーは、厚木工場の労働者であった。
このときの3日間にわたるストライキは、会社側が初任給の改定案を出したことで収拾に向った。
本質は政治闘争ではなく経済闘争だったのだ。
Sの労働組合は工場労働者の悲惨な実情について社外に情報発信していくようになった。
そのひとつは裁判沙汰にまでなっている。
厚木工場に就職列車で送り込まれた若年女子労働者の就業ぶりは次のようなものであった。
の視野の外にあった。
午前四時半起床、5時半就労、午後一時5分退社、門から50メートルほどしか離れていない寮に帰ってトイレ、廊下、風呂場などの掃除。
もし残業になったときには食事の時間はない。
2時15分から工場内の厚木学園の授業開始。
午後5時終業。
この後、寮、学校、会社の各委員会の会合。
門限8時45分。
九時消灯。
それから個人のスタンドをつけて、縫いものをしたり、郷里に手紙を書いたり、勉強する。
頭のつかえるカイコ棚の二段式のベッドのなかで:::11時すぎに就寝。
そして翌朝4時半起床。
この生活が1週間。
その次から、就労に合わせた生活が始まる。
(鎌田慧著「労働現場の叛乱」)で結集した本来のそニーマンとは別の価値観を持つ労働者の集団であるという認識だったろう。
I氏は、たまたま社員の1人が、「子供が小学校に入学したがランドセルって想像以上に高いんでまいりました」と言うのを聞いて、毎年、子女の小学校入学にランドセルを贈与することを決意するような経営者であった。
これは、I氏が経営の一線を退いたあとも継続していたほどである。
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